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「おばあちゃん!あたしに料理を教えて!
お願い。今度の料理コンテストで優勝したいの!」

私は料理人のユバ。二日前、孫娘のマイに頼まれて料理を教え始めたけど、
コンテストの優勝なんて、とうてい無理な話さね、
もう長いことオカリナ亭の料理長をしてるけど、
あんたほど不器用な子は見たことないからね。

ただ、本人にはそんなこと言っても聞きやしない。
レシピ通りには作れないし、ボーッとしてすぐに料理をこがしちまう。
毎日毎日、真っ黒なケシズミを私に食べさせて、年寄りを殺す気かい。
まったく、困った子だねえ。



マイに料理を教え始めて1週間。まったく進歩の無い孫娘のいたらなさを、
セラフさんとのお茶会でこぼしていたときだったかね。
セラフさんは私の話を一通り聞き終わった後、にっこり笑ってこう言ったんだよ。

「人それぞれに似合う場所や、それぞれの歩く速さがあるんでしょう。
マイちゃんもステキな子だと思うわよ。まっすぐで、元気で、あたたかい空気を持っていて、
まるで…晴れの日のお日様のよう…。」

そうかしら。あの子は料理ひとつできない子よ。そう思いながら家に帰ると、
宿屋のカフェでマイとリーナちゃんが話していたの。

「…やっぱりマイもそう思う?」

「そうよリーナ!絶対だいじょうぶだって!
ほら、これあげる!がんばれるおまじない!これを食べるとね、
勇気がたーくさんわいてきて、告白なんてカンタンなんだから♪」

マイはそう言ってリーナちゃんにクッキーを渡すと、リーナちゃんは「がんばってみるわ」
と言って帰って行ったわ。
マイは、セラフさんの言うとおりかもしれないわねえ。友達はたくさんいるのよ。
あの子はよく友達に手作りのホットケーキを渡すの。
私にもくれたことがあるわね。
たしか…あの子が初めて作った料理とか言って、それをくれたのよね。
そういえばあの子、ホットケーキだけはちゃんと作れるねえ。どうしてかしら。
はぁ…。それにしても、いくらホットケーキが作れてもね、
コンテストで優勝できる腕前じゃないんだよ。
あの子が料理で勝負するなんて、向いてないと思うんだけどねえ。



マイに料理を教え始めて10日がたち、コンテストまでは1週間を切っていた頃、
弟子のチハヤが私たちの様子をみていて、相談をしてきたの。

「僕が教えますよ。これ以上、ユバさんの手をわずらわせても時間の無駄です。
あいつには、無理だってわからせてやればいいんですよ。」

私だってね、できれば孫娘に料理がちゃんとできる子になってほしいよ。
だけどね、才能がないこともあるのさ。
あの時の私はちょっと疲れていたのかもしれなくてね。
けっきょく、チハヤにまかせてみることにしたんだよ。

それから数日後、厨房の二人の様子を覗くと、マイの大声が聞こえてきたんだ。
「チハヤの言うとおりに作ったのに〜。チハヤのバカーーー!!!」

あら、またケンカをしてしまったようだね。
チハヤも人づきあいがうまいほうじゃないからね。

「僕はこんな風に作れなんて言ってないぞ!?
だいたい君、料理苦手なくせに、なんでコンテストに出るとか言うの。」

「ぅわあああああ〜ん。優勝したら、す…好きな人に食べてもらうんだもん!
告白するんだもん!」

おやまあ…そんなたいそうな理由があったなんて。
チハヤも黙り込んでしまったね。態度は冷たいけど、あれは困っている顔だよ。

「…ふん、マイ…君さ、ホットケーキ初めて作った時、思い出しなよ。」

マイは泣きやんで、チハヤの話に耳をかたむけた。

「ユバさんが落ち込んでるのを励まそうとして作ったって、マイ、言ってただろ?
だれのために作るのか、その人のことを考えながら作ってみなよ。」

「チハヤ…。」

「勘違いしないでよね。僕は誰かのためになんて料理は作れない。
けど、君は作れるだろ?そういう料理がさ。
食べて元気になってほしい人がいるから作るんだろ?」

あらあら、チハヤらしくもないセリフ。本人も柄にもないこと言っちゃって真っ赤だよ。
年寄りはこのへんで退散しようかね。
いつのまにか、私の弟子も頼もしくなったようだねえ。



料理コンテストの日。優勝はやっぱりマイではなくてチハヤだったの。
私はマイの料理も、チハヤの料理も審査したけれど、実力の差は歴然。
でもね、マイのオムライスは、きれいなお日様のような卵が乗っていて、
素朴なあったかい味がしたの。きっと、誰かのためにとてもていねいに作ったのね。

マイは特訓のかいもなく、今でもとても料理が下手だけれども、
それでもいいのかもしれないわ。大事なことをひとつ覚えたと思うの。
いいえ、チハヤがあの子にちゃんと気づかせてくれたのね。
私は、優しくてかわいい孫娘と、頼もしい弟子に恵まれて、とっても幸せな気分なの。
そうね、今日もセラフさんとお茶でもしようかねえ。


END